東京地方裁判所 昭和46年(ワ)2255号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕被告幹雄が当時被告輝夫を使用していたことは当事者間に争いがないところ、被告輝夫、同幹雄および同海上各本人の供述を総合すると、被告幹雄は飲食店業を営み、練馬駅北口、同南口および西巣鴨に店舗を持ち、被告輝夫は南口店に調理人として勤務していたこと、被告車は輝夫の父であり、かつ幹雄の兄である訴外木内茂の所有であつて、茂は地方に住所があるものの東京に出てくることが多いため、南口店の近くに駐車場を借りて、月のうちおおむね三分の一くらいはそこに被告車を駐車しており、このため輝夫は被告車の空いているときに自由にこれを使用することができ、主として遊びのためにしばしばこれを運転していたが、被告輝夫は個別に断わらない限り、これを使用しうる関係にはなかつたこと、幹雄は当時右営業用に単車の他には自動車を使用せず、南口店においても調整した飲食物を配達することが多いが、大抵は単車や自転車で間に合い、極く稀にそれで足りないときはタクシーを利用するほか、たまたま被告車が空いているときに輝夫が同店主任に申し出て被告車を利用することもあつたが、営業用に被告車の利用を平素からあてにしていたというわけではなく、その頻度も月に一回前後にすぎなかつたこと、事故当日輝夫はいわゆる早番で、午後三時から五時まで休み時間であつたところ、その際南口店の仕事を手伝つている同被告の祖母から、西巣鴨店で使用すべく同女が購入しておいた営業用の秤を西巣鴨店に届ける用があると聞き、たまたま西巣鴨店に同被告と仲の良い従兄弟が勤務していて同人と会つて話をしたいと考えていた矢先でもあつたため、同被告が任意に、休み時間を利用して遊びがてら秤を届けようと祖母に申し出、空いていた被告車を運転して西巣鴨店に赴く途中本件事故を発生させたこと、このことは被告幹雄はもちろん、南口店の主任も知らなかつたこと、秤を届けることは必ずしも被告輝夫がする必要はなく、むしろ右三店間の連絡を主として担当するものは他にいて、同被告としては遊びのついでがあつたからこそこれを引き受けたものであることがいずれも認められ、成立に争いのない甲第一六号証の記載もこれに反するものではなく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右事実によれば、被告輝夫は業務上定型的に運転を担当する者でもないし、被告車は定型的に被告幹雄の営業用に使用されていたものでもないうえ、本件事故時の被告輝夫による被告車の運転行為をとらえてみても、休み時間の遊びのついでに営業の用を兼ねたという態のものに過ぎず、しかもそれは全く同被告の任意に出たものであるから、かかる運転行為をもつて、被告幹雄の事業の執行とみることはできないといわなければならない。<中略>
本件事故現場は、別紙図面のとおり五つの主要道路と一つの小路が集合交差する大形変型交差点(以下本件交差点という)の直近で、要町方面から本件交差点に進入する入口直前付近である。要町方面から本件交差点に進入する道路(以下本件道路という)は車道巾員一六米で、センターラインの表示があり、交差点入口には横断歩道がある。本件交差点は信号による交通整理が行なわれ、交差点はほぼ中央に信号塔があつて、同所に設けられた信号機が各方面からの車両の進行を整理している。ところで本件道路からみて本件交差点から右斜前方池袋駅西口、左斜前方同北口への各道路は略Y字型に分岐しているが、右方消防署方面および左方常盤通方面へ進行する車両がそれぞれ右、左折になる関係で、西口、北口方面へ向う車両は共に直進車両となるのであるが、右のとおり交差点中心に信号塔があつて、西口へ向う車両はその信号塔の左側を廻つて進行するようになつているため、本件道路から信号塔までは、ほぼ真直ぐ進行し、同所から進路を右に変えて進行することになるのに対し、北口へ向う車両は本件道路から交差点に進入する直前あたりから、北口への道路入口を見通して直進するのが常態であり、従つてその場合、本件道路から交差点に進入する頃には本件道路との関係では車両がやや左斜めになつているのが常態である(甲第二一号証の三参照)。
原告車は図面のように本件道路の左側の略中央付近を、被告車は図面①のようにセンターライン寄りを、それぞれ進行して、要町方面から本件交差点に差しかかつたのであるが、その際原告車がやや先行し、両車の速度は毎時三〇粁ないし三五粁であつたが、被告車の方がやや速かつたため、被告車が原告車に追い着くような形になつた。そして、原告車は交差点から西口方面へ進行するため前記のとおり直進し、被告車は北口方面に進行するため前記のとおり車体が本件道路に対しやや斜めになつた形で、前記横断歩道の交差点内側線から約一〇米要町寄りの地点で、図面②との関係位置において、被告車の左バックミラー付近と原告車の右ハンドルとが接触し、このため原告車が転倒して本件事故に至つた。
原告清一は排気量一二五CCの原告車の後部に原告千代をを乗せてこれを運転し、右のとおり本件道路の左側ほぼ中央付近を信号塔左側を目指して直進し、自車が直進であることに気を許して後続車に気を配らないで進行していたところ、前記衝突地点の数米手前で初めて右バックミラーに被告車を認め、その際被告車が左斜めに進行して自車に近づいてくるのに気付いたが、接触を回避する暇もなく、前記のとおり接触した。一方被告輝夫は被告車を運転して、右のとおり本件道路左側のセンターライン寄りを進行し、交差点手前から北口方面への道路センターラインを見通して進路を若干左にとりながら(もつともその角度は極めて微々たるものであるから、運転者は自らのハンドル操作を意識しないこともありうる程度のものと思われる。)交差点にさしかかつたのであるが、その際前記衝突地点から一〇米ないし一〇数米手前の地点で三米位左斜前方を進行する原告車を認めたものの、両車の横の間隔が1.5米位はあつたうえ、原告車も自車と同一方向に進行するものと安易に考えたため、原告車のその後の動静に特に注意を払わず進行を続けたところ、被告車は次第に原告車に追いつくと共に横の間隔も接近して、前記のとおり被告車を原告車に接触させるに至つた。
以上のとおり認められ、甲第二〇号証および被告輝夫本人の供述中右認定に反する部分(特に原、被告車の進路変更に関する部分)は、前掲の他の証拠に照らし措信せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、被告車運転の被告輝夫としては左斜前方を進行する原告車を認め、自車はその地点から進路をやや左にとつて北口方面へ向うのに対し、原告車は同じ直進車とはいえ、交差点から西口方面へ向うため交差点入口付近で進路が交差することになることが十分予測しうるのであるから、そのような場合に備えて原告車の動きに注意を払い、進路交差が察知される時点で先行の原告車を先に進行させるなど、接触回避の措置をとるべき注意義務があるところ、漫然と原告車が自車と同一方向に進行するものと判断したため、右の措置を怠つた過失があり、この過失により本件事故を発生させたものといわなくてはならない。<中略>
(過失相殺)
前第二項(三)で認定した本件事故態様に照らし、本件事故につき原告清一の過失の有無を考える。
本件道路から西口方面に向う原告車は信号塔まで直進し、北口に向う被告車は交差点手前からやや左斜めに進路をとることになるとはいえ、共に直進車両として扱われ、しかもその双方の間に優先劣後の関係はないのであるから、本件道路センターライン寄り車線から北口道路に向つて進行することも、道路端寄り車線から西口道路に向つて進行することとともに、通常予測される事態であり、従つて、車巾の狭い二輪車に乗つて本件道路中央を信号塔左側に向つて直進する原告清一としては、その右側を進行する他車が北口に向つて進行し、その場合に交差点入口付近で道路が交差することになることを予測して運転しなければならないものというべきである。そしてセンターライン寄りから北口に向う車両は若干左斜めに交差点に入ることになるが、右のとおり西口進行車と北口進行車との間に優劣の関係がない以上、それは通常の道路における進路変更におけるように、進路を変更する側にほぼ一方的に注意義務が課せられるのと趣を異にするものというべきである。ただ本件の場合被告車は若干後方から原告車に追い着く形になつたのであるから、その意味で進路交差に際しても被告車運転者により多くの注意義務が要求されることになるのは当然であるが、一方原告車としても、排気量のあまり大きくない二輪車であるうえ後部に原告千代を同乗させているのであるから、他の四輪車に比して低速にならざるをえない関係上、他車に右側から追い抜かれる事態は常に予測して運転しなければならない。
しかるところ原告清一は、自車が直進であることに気を許し、交差点に進入するに当つて右側から北口へ向う車両に対する配慮を怠り、このため被告車の接近に気付くのが遅れた過失があり、これも本件事故の一因であるといわなければならない。そして同原告は不安定な二輪車の後部にヘルメットも着用していない(弁論の全趣旨によりそのように認められる)原告千代を同乗させていたのであるから、一層安全な運転を心懸けなければならない筋合である。
原告清一と同千代とは夫婦である(原告清一本人の供述により認められる)から、原告清一の過失は同千代の損害についても、いわゆる被害者側の過夫として斟酌すべく、右事情を総合してほぼ二五パーセント程度の過失相殺するのが相当と認める。 (浜崎恭生)